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故山口和夫氏を200人が見送る

 故山口和夫・且R口封筒店相談役の葬儀・告別式が、8月5日午前10時から、東京都港区南青山の青山葬儀所で執り行われ、会葬者200人がお別れした。葬儀委員長は庄司昊明・リンテック椛樺k役。喪主は山口一郎社長。
 弔辞は、初めに庄司葬儀委員長が「あなたは」と呼び掛けるように、故人と同年同月生まれ(大正15年1月)で社長時代に知り合い、密度の濃いお付き合いは25年。早稲田大学を出て父上の右腕として、専務時代に経済成長の波に乗らねばと獅子奮迅の活躍で、人材を育て、磐石な会社の基礎を築かれたと述べた。
 次に、若林紀生・新生紙パルプ商事且ミ長が、昭和40年代の大倉博進時代に紙の手当てをいただき半世紀。大正12年(1923年)創業の父上の事業を継ぎ、昭和49年に2代目社長に就任し、平成15年に会長、その後、相談役として会社を見守られた。全日本紙製品工業組合副理事長、協同組合東京紙製品工業連盟常務理事など業界に貢献し、平成6年4月藍綬褒章、平成11年4月勲五等瑞宝章を受章する栄誉に浴されたと述べた。
 続いて、中井弘・オキナ椛樺k役が、昭和31年(1956年)に紙製品業界に人って以来、ご指導を受け、昭和初期に初代が毎朝自転車で封筒を引き取りに来られる取引があった。昭和47年に故人が来られ、山口封筒店、高春堂、オキナの3社で新しい製造会社の提案があり、翌年創業、今日まで共同経営者として続けていると述べた。昭和42年からの中小企業の近代化促進と構造改善では調査指導員として確固たる組織を実現し、製紙会社・代理店の情報交換会など大局的に進め、国家褒章された。「貴方の息子と私の息子が力を合わせ、次の世代を築こうとしているのでご安心下さい」と述べた。
 葬儀委員長挨拶で庄司氏は、故人は後半の人生も老いを感じさせず、若さを演出する美学があったと讃えた。見送りで喪主の山口社長が謝辞を述べ出棺した。

                              紙之新聞


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